映画を読む|takesky

文献や情報媒体から日々得たり、学んだりしたことを、映画を深く味わうために生かす実践の場として、また、世界を映す鏡である映画を深く解釈する場として活用させてもらっています。

『コロンバス』 (2019) コゴナダ監督

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【映画の感想】

  本作は、モダニズム建築の街コロンバスを舞台に、年の離れた二人の男女の邂逅を描いた作品です。本作のコゴナダ監督の名前が、小津安二郎監督作品の脚本を担当していた野田高梧氏からとられたようで、本作も、泰然とした時間と空間に、凝集した美とともに、閉じ込められたかのような感覚を味わえる作品になっています。これは、ジョン・チョウやヘイリー・ルー・リチャードソンの落ち着いて表現された表情や声、心に沁みる単調な音、コロンバスの建築物、人ではなく建物や物体を中心とした構図、写真のように固定された映像が織り成す調和した空間であり、微睡みに溶け込むような至福な時間を過ごすことができました。

 

 それでかつ、劇的な場面は、ほとんどありませんが、飽きさせない骨太のストーリーになっています。一見、建築や親に対して対照的に向き合い方をしているジンとカサンドラの二人ですか、二人に共通しているのは、親によってこのモダニズム建築の街コロンバスに閉じ込められていることです。しかも、二人の心の傷になっているのは、他のものに夢中になって身近で大事な存在である自分が後回しにされていたという過去です。コロンバスの街の人の多くが、身近過ぎて、街に多く存在するモダニズム建築に興味を持っていないのと同じようにです。そして、そのモダニズム建築を通して、二人は、優しく眼差しで、お互いを理解していきます。

 

 作中にも、度々出てきますが、モダンニズム建築が、なぜ人の心を捉えるのかという問いです。モダニズム建築が、盛んになる前の建築物は、持ち主や住む人の、生活や社交の場として機能を満たすもの、また、財力や権力や身分などの優越的な立場を知らしめるためのものだったわけですが、モダニズム建築は、見る人や来訪者の心に何かを訴えかけるような設計者のメタファーが大きな力を持つようになります。モダニズム建築には、単調な構図やガラスのカーテンウォールなどの特徴を生かして、見る人に対して、癒しや自由・解放、自然との調和などの隠喩のメッセージを送る記号としての役割が求められているわけです。特に、モダニズム建築が、私たちを魅了するのは、強要されている虚構だらけの現実に、気づかされたり、それから解放してくれる場としての機能を果たしてくれているからではないでしょうか。ジンやカサンドラにとっては、親(現実)からの解放・克服という意味合いもこめられているかと思います。奇しくも、建築家として名を馳せたエーロ・サーリネンとエリエス・サーリネン親子の建築も映画の中に出てきます。

 

上記の二人の他にも、デボラ・バーク、イオ・ミン・ペイ、ジェームス・ポルシェックなどの建築が出て来て、楽しむことができます。また、建築物と言うより建築の一部であるエーロ・サーリネン設計のミラー邸の庭が、とても印象的でした。

 

 最後に、この映画を観て強く思ったのは、いかにコロンバスのモダニズム建築のような場所を訪れることが人にとって大事なことかということです。新型コロナウィルス流行前は、ミニシアターや蔦屋書店のようなブックカフェのような空間が大好きでよく通っていました。東浩紀の観光客の哲学や誤配の哲学にあるような別の現実を偶然に見つける機会を失わないためにも、ミニシアターのような貴重な空間を残して欲しいと強く願います。